洞爺湖サミットに思う

7月9日、洞爺湖サミットが終了しましたが、
案の定、具体的な成果に乏しい会議となりました。

「地球温暖化ガス排出量を
2050年までに半減する長期目標を
世界全体で共有するよう
関係国に求める方針を明記する。」

温暖化ガス排出量の削減目標実現の
重要性については一致しましたが、
具体的な行動が求められている現状で、
この程度の合意では、
あまりにも悠長な話しではありませんか。

この合意、ものすごく辛らつな捉え方をすれば、
以下のようなメッセージに聞こえてきます。

「自分達の世代の存命中に
直接的な被害を受ける可能性は低いので、
次の世代の人たちが当事者として
真剣にこの問題に取り組んでもらいたい。」

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの
グウィン・プリンズ教授は、
昨年10月、英国の科学雑誌に
「京都議定書は失敗」と主張する論文を発表し、
数値ありきの温暖化ガス削減の規制は、
無意味であるという自論を展開しています。

プリンズ教授のインタビュー記事が、
7月14日号の日経ビジネスに掲載されていました。

プリンズ教授が京都議定書を失敗だとする理由は、
気候変動という、
様々の要素が複雑に絡み合う問題を
「CO排出量を何%削減する」
という点だけで解決するのは無理があると
考えているからです。
頭ごなしに削減目標を押しつけ、
罰則を科したり税金を課したりされれば、
喜んで環境問題に取り組む者など
誰もいないというわけです。

おっしゃる通りですよね。

そもそも、京都議定書は、
過去300年前から続いている欧米中心世界の
大きな政治的な枠組みの流れの中にあるもの
という視点で捉えなければいけません。

ドイツ、イギリスを中心とするヨーロッパ連合は、
2度の大戦後、アメリカが確実なものとした
“世界の覇権”を奪回する策を
長い時間をかけて周到に用意してきました。
その策こそが、京都議定書です。
中部大学総合工学研究所教授の武田邦彦氏いわく、
「京都議定書は、エコの衣をまとった現代の不平等条約」
というわけなのです。

ヨーロッパは1980年代から
当時はまだ、人々の関心が薄かった環境問題を
覇権奪還の手段として利用しようと考えていました。
すでに、この段階から、
2000年でのCO排出量を
1990年レベルまで落すための
長期的な戦略に取り組んでいたのです。
そして、削減目標をらくらく達成できる見通しがたってから、
1990年を基準年にするという提案を
もちかけてきたわけです

1990年を基準年にしたのには、
もう1つ大きなわけがあります。
それは、東西ドイツが統一された年だったからです。

ヨーロッパは、複数の国がグループを作って、
EU全体で削減目標を達成することになっています。

つまり、ドイツという地域だけを考えてみても、
西ドイツと比較して経済格差、技術格差の非常に大きかった
東ドイツのCOを大幅に削減することは、
西ドイツの技術力をもってすれば、
朝飯前の話だったのです。
もちろん、東ドイツ地域のCO削減量は、
EUの数値に含まれます。

ドイツの構図は、そのまま、
EU全体の構図でもあります。
EU全体での削減目標は、8%となっており、
日本の6%、アメリカの7%より
厳しい数字のように見えますが、
ヨーロッパの国々の中で削減枠を調整できる
「域内再配分」が行われています。
どこかの国が、COを減らせば、
全体の収支として他の国は
減らさなくてもよいことになります。

一方、日本はどうでしょうか。
日本は基準年と比較すると現段階において、
CO排出量を13%もオーバーしている上に、
−6%という削減目標を受け入れてしまいました。
実質的に、20%近くもCOを削減しなければ
ならないのです。
日本は、石油ショックや公害問題を乗り越えるために、
世界でもトップレベルの省エネ、
排ガス処理技術を磨いてきました。
この上、さらに20%も削減するなど、
はっきり言って、絶望的な数字です。

日本の環境技術は、
すでにほとんど成熟した域に達しています。
これ以上劇的な省エネ、排ガス処理の進歩が
期待できない以上、
日本がとるべき道は、
エネルギーの消費量を削減する=経済力を落すしか
道はないわけです。
このような条件の下で、京都議定書に批准することは、
即、国力の低下につながるわけです。

このあたりのからくりをよく知っているアメリカは、
京都議定書の批准を拒否したのです。

このような背景を考えると、
ポスト京都議定書を議論する場であった洞爺湖サミットで、
G8の合意が得られただけでも成果があったと
評価せざるを得ないのかもしれません。

ところで、先にご紹介したプリンズ教授は、
温暖化ガス削減については、
自発的、現実的な施策を取るべきだと考えています。
日本は、世界の政治の舞台で
強いリーダーシップを発揮できなくても、
日本が誇る環境技術を活用して、
着々と実績を積み重ねていけば、
世界の目を開かせることができると主張しています。

「言葉よりも行動で」
日本が環境問題に取り組み姿勢は、
この1点につきるのではないでしょうか。

(2008/7/14 記)