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三洋電機は復活したか
ダウ・ジョーンズ社が発行する 米国で最も著名な投資週刊誌である「バロンズ」に 「三洋電機に復活の兆し」という記事が載りました。 振り返ってみると、ここ5年間の三洋電機は 災難続きでした。 まず、2004年の新潟県中越地震で、 子会社の半導体製造工場が被災し、 500億円を越える損失を出しました。 阪神大震災の教訓を生かすことなく、 地震保険に入っていなかったため、 損失額がふくらみ、危機管理の甘さが批判されました。 さらに、デジタルカメラの単価下落などの影響を受け、 2005年3月期決算は、 1715億円の当期赤字に転落。 2005年6月には、 1947年創業以来、約60年間続いてきた 井植家による同族経営の殻をやぶって、 ジャーナリスの野中ともよ氏を 社外取締役として招へいし、 その野中氏が会長・最高経営責任者(CEO)に 就任します。 2期連続赤字がほぼ確定的となった2006年3月、 ゴールドマンサックスグループ、 大和證券SMBC、三井住友銀行による 約3000億円の優先株増資を受け入れ 再建の道を歩むことになります。 その後も、同年12月に 携帯電話機向けの充電池の不具合で130万個を回収、 2007年1月には洗濯乾燥機で16万台を リコールするなど、問題が続発します。 そして、とうとう、2007年2月に 過年度決算を巡る不正会計問題が発覚し、 3期連続赤字が確定的となった4月1日、 創業家3代目の井植敏雅社長が辞任、 敏雅氏の実父である井植敏最高顧問も退任し、 井植家の世襲経営に幕が下りたのです。 まだまだ、三洋電機の転落は続きます。 2007年12月25日に、 有価証券報告書の虚偽記載を指摘され、 とうとう監理ポストに入ることになります。 「まさか、上場廃止か」 との懸念から、今年1月には、120円まで 売り込まれましたが、 2月9日に監理ポストの指定を解除され、 最悪の事態を乗り切りました。 バロンズの論調では、 最悪期は脱したとなっており、 業績の見通しについても、 好意的な見方をしています。 「2008年3月期決算は事前の会社予想を 上回る可能性があり、 最終損益は03年度以来の黒字となる見通しだ。 経営陣が数年先まで安定した利益成長を 見込むにもかかわらず、 株価は過去最低に近い水準にある。 忍耐強い投資家には好機かもしれない。」 と記事の最後を結んでいます。 ただ、懸念されるのは、3000億円の優先株ですね。 優先株は、議決権を制限される代わりに、 配当金の分配や残余財産の分配を普通株よりも 優先的に受けることができる株式のことです。 2007年3月に、 優先株から普通株へ転換することが 可能になっていますので、 転換が進めば、普通株が増えて、 1株当たりの利益や配当金が減ってしまい、 既存の株主にはマイナスの材料になりますので、 株価を下げる要因になる可能性があります。 話は変わりますが、 私は、個人的に三洋電機は好きな企業の1つです。 専用の充電器で充電すれば、 繰り返し1000回使える“使い捨てない乾電池” エネループのファンだからです。 それに、太陽電池にも力を入れています。 4月23日付けの日経新聞に、 2010年をメドにシリコン使用量を 従来製品(多結晶シリコン型)の 1/100程度に減らせる薄膜型の量産を始める との記事が載っていました。 薄膜型は発電量当たりの価格を従来に比べて 半分程度におさえられるということなので、 太陽電池の普及に弾みがつく可能性があります。 ところで、社外から会長に招へいされた 野中ともよ氏ですが、2007年3月に会長を辞任し、 会社を去っています。 この野中氏が、2005年、会長就任直後に開いた 再建計画の発表会見で、 「地球との共生」というビジョンを掲げ、 環境問題の重要性に時間を割いてスピーチをしました。 当時の三洋電機は、経営上の緊急事態に直面しており、 その足元の経営状態と経営ビジョンのギャップに 報道陣からは失笑すら漏れたそうです。 しかし、この「Think GAIA」の発想が、 環境に優しいエネループなどの 商品開発につながっていったのだと思います。 1度地獄を見た三洋電機には、 ぜひ、優れた環境技術で世界を引っ張る エコな会社になってほしいと期待しています。 (2008/4/25 記) |